執筆期間10日!ユナのプロフィール

みなさん、初めまして。

健康と生き甲斐を守りながら働くフリーランス看護師、ユナです。(https://mobile.twitter.com/yoona_partydoll

「私、失敗しないので。」はドクターXの大門未知子先生のセリフでお馴染みですが

「私、看護師以外で稼げるので。」をサラッと言える日を夢見ているフリーランス新人。

夜はダンサーとしても活動しています。

 

この白衣を身に纏って清潔感を必死にアピールしてる看護師風の人

VS

ライザップのBefore風のポーズをがっつり決めてるこの人

ってだれ?え、同一人物?自己アピール強すぎない?!ってな声が聞こえてきそうなので、簡単な自己紹介をします。

驚くほどに低い&機械に弱いのでこのプロフィール書くのに10日かかってます。泣けます。これからのブログ運営に多大な不安が残るけど、ぜひ最後まで読んでくれると嬉しいです。

①それってペンネーム?本名?

栗原 ユナ(実は偽名)

ユナは学生時代からのダンサー名。医療従事者はSNSでの発言にも凄く厳しい世界なので全部のSNSをダンサー名にしていて、今さら変えるのもおかしいな・・・ってことで、ユナでいくことにしました!(突然の決意表明)

②そんな私の活動拠点

北海道(実家)・東京、海外を月12ペースで行き来してます。

今は北海道で働いて東京と海外は遊びなので、今後はこれを全部仕事を絡めていく。

東京にいると田舎育ちの私は息が詰まる。だけど、仕事は東京でしたい。大切な家族は北海道だし、働く場所に縛られたくないな。

ってな訳で、Anywhere,Anytime(いつでも・どこでも)の働き方が夢~

③私が病院を辞めてフリーランスになったわけ

関東にある急性期の大学病院で4年目。こんなすっとぼけですが、バリバリの外科でした。

専門は消化器・呼吸器・血管・乳腺、ざっとこんな感じ。

仕事はやり甲斐があって楽しくて、職場も好きで、看護も好きだったんです。

ただわたしの人生、病院で働いて終わる看護師では終わらせないゾ!

という看護学生時代から秘めた想いがありながらも、実際には目の前の仕事をこなすのに追われ、休みの日は疲れ切った身体と頭を休めるのに使っていたため、これからの生き方を考えることをサボってました。

「5年くらいはここで働くんだろうな。」とぼやっと考えていた矢先。

慢性的なスタッフ不足で過剰勤務をこなしていたら、疲労・ストレスで眠れなくなり全身蕁麻疹に悩まされるように、気付いたら20cmの巨大ハゲ(円形脱毛症)が出現。

半年間治療しても広がり続けるハゲ、とまらない蕁麻疹(写真は治りかけ)

いや、ちょっと待ってくれ色々キツイ・・・となっていた時。

仕事がスーパーできて尊敬していた先輩に

「最近、栗ちゃん(私のことである)の様子がおかしい。医療ミス起こしそう。

といわれ、事の重大さに気付く。主任と面談になり、そこで初めてハゲを告白。大泣きしながら髪の毛を見せる私に「これは少し休んだ方がいいね」と主任さん。

そこで・・・

身体がこんな風になってます、少しお休みを頂きたいです。」と管理職に相談すると

「患者の命を守るのが仕事でしょ、あなたに休まれたら患者を守れない。」
「その責任を放棄するつもり?あなたそれでも看護師?」
「みんな大変なの、私がストレスでハゲそう!」
「あなたは頑張らないようにもっと頑張らないとだめよ!」(混乱)

との返答。いや、まじか!?!?!?!?

そんな管理職の言葉に心がポッキリ折れ、耳が聞こえない&めまいメニエールに。食べられない、寝られない、涙が止まらないのフルコンボでKO。適応障害(精神の病気)の診断。

あぁ、そっか。看護師って自分の身をボロボロにしてでも患者様をお守りしないといけないのか。私が頑張らないように頑張らなかったからいけなかったのか。

と正気を失った私に「いや、ちょっと待て!栗ちゃん(私のことである)、おかしいのは管理職だよ!」とツッコミを入れる先輩や同期。

このままだと看護師を続けられなくなる」
「今の私に患者の命は守れない」
「私のことは誰が守ってくれるんだいや、私だ。」

周りの人に気付かされた私は、これまた周りの協力を得て、自分の身を守るために病院の偉い人達(管理職)と戦って休職を勝ち取り、北海道で生活習慣を1から見直す。

今となったら普通に休みなよって思うんだけど、追い込まれてる時って休む事が負けな気がして、自分が弱いからいけないんだと責め、頑張れない申し訳なさが勝ってしまって意外と踏み切れないもの。

この時に気付かせてくれて助けてくれた先輩や友達には本当に感謝しています。

そして今後はわたしが追い詰められているけど抜け出せない人を救う番かなと思ってブログを始めました

心を修復するため休職中にハワイ、ロンドン、イタリアに旅に出ました。

休職中に海外ってふざけてるのか!ってバッシングも受けたんだけど、その時の私はメンタル立て直すのが仕事で本気と書いてマジ。

振り返って思うのが、職場や友達や家族と離れて、1人海外に逃亡したのは私にとってすごく良い治療だったなと。

もう一度自分を見つめ直し、私は何を大事にして生きたいのか、生きる目的は?役目は?を毎日問うてた。

ハワイの海に向かって。モアナ聴きながら。

そんなこんなで溜まりに溜まった有給全部使いきり、身体と心の勉強をして徹底的に生活習慣を改善し、半年の月日をかけようやく元の自分戻れた私は無事に退職しました。

今となってはハゲは人生を考えるきっかけをくれたので感謝。

ここで一言。

③ダンサーとしての経歴~気づいたらNo Dance No Life的な感じになってた~

 

幼稚園~小学校 クラシックバレエ

中学校 JAZZHIPHOP ダンス部がなかったので演劇部を乗っ取る(顧問ブチギレ)

高校  JAZZHIPHOP 外部のサークルに所属して舞台で踊ってた

大学1~2年目 JAZZHIPHOP 大学のダンスサークルに所属してイベント・コンテストに出場

バーレスク】っていうチーム名でキレイめな踊りでコンテストに出てたんだけど、いつもランク外。私のチームも経験者の集まりなんだけど、上手い人なんていくらでもいるんだよね。出るたびに圧倒的な差を見せつけられるわけ。

じゃあ、どうする?・・・戦い方変えない?って会議になり。

自分達にしかできないものを追い求め、チーム名を【アバレスク】に改名。最終形態はダンスに興味がない人も引き込めるようにストーリー(ネタ)重視のダンスに路線変更。

【キレイ目狙いからの路線変更をミステイクした感が否めないが】

ダンサーなのに台本制作から始め、音源、セリフ吹き込み、衣装、全部手作りにした。

ちなみにこの時は田舎のクソダサい芋娘がコンテスト会場に来るというストーリー。メガネをガムテープで止めてダサさを出している。

この時はダンサーというより、表現者?芸人?に近かったと思う。

 

そしたら、これがめちゃくちゃウケたモテなくなったけど、とにかくウケた。

 

イベントに出させてもらう側だったのが出演を頼まれる立場になり、ピックアップダンサーとして呼ばれるように。

そしてついには札幌の歌手のバックダンサーを頼まれるまでに成長した。「ついにここまで来れたね」ってメンバーで手を取り合って喜んだのを覚えてる。ただ後ろで踊りながら「歌手よ、後ろに下がってくれ」と思っていた。

結論、私にバックダンサーは向いていなかった。

普段は目立ちたい欲はゼロだが、ダンスになると一気に図々しくなり負けず嫌いになり視線を独り占めしたくなるのだ。

こんな感じで気が付いたら3歳から気付いたらずっと踊ってる人生だった。

そして、ついに大学3年生の時。

④ついに好きなことが仕事になる〜生き甲斐になった瞬間〜

当時、映画「バーレスク」に魅了されてショーダンサーに憧れていた私。

バーレスク」歌手になる夢を叶えるために田舎の冴えない女の子が全てを捨て都会に出て、歪んだ業界で心は汚さずトップに上り詰めるまでのサクセスストーリー(説明下手)冗談抜きで100回は見た。叶えたい夢がある女の子ぜひ見て欲しい。

ポスター画像

私は当時北海道で一番大きかったパフォーマンス集団「PartyDolls」のオーディションを受ける。

ジャガイモのような私は3ヶ月の練習生を経て、土臭さを少しだけ落とし(落ちたか?)念願の正規メンバーに。【右から2番目がワシ。生まれて初めてのアーティスト写真】

平日は看護学生、週末はPartyDollsとして道内~国内を飛び回って踊った。

「好きな事をする代わりに、学業に一切の妥協はしない」がモットーだったので、夜通しダンスのお仕事をしてそもまま授業に行く事もあったけど、休んだ事はなかったし、単位も問題なし、授業も1番前で受けた(強制的に居眠りできない環境を作ったのもある)

最初の観客はたったの5人、これ結構シュール。徐々に見に来てくれる人が増えて、ファンができて、参加するイベントも大きくなって、自分たちが載ったチラシが街で配られたり、自分達のポスターが貼ってあったり、とにかく一緒に大きくなっていく感じが物凄く楽しくて生き甲斐だった。

【あんた街で配られてたよって友達が送ってくれた写真】

PVに出てジャケット写真になったけど演技力なさ過ぎて黒歴史】

【出るイベントが大きくなって芸人や歌手と同じステージに立つ事も】

                    【レバンガ北海道の公式試合に。初めての控え室が嬉しかった】

【こうやって会いに来てくれる子の存在が私の生き甲斐】

である日、全国のダンサーが集まる東京の大きなイベントに出演した時。今や有名な日本一のGOGOダンサー、CYBERJAPANDANCERSのボスにスカウトされる。

【1番左がワイ。憧れの先輩たちと。】

【私の立った中で1番大きいステージ】

看護師になる夢も叶え、行きたい病院の内定を手に入れ、日本一のダンサーにも所属できそう、夢って叶えるモノだわ〜なんて全てが順調でウキウキしながら上京。

しかし、ここにきてまさかの。

 

⑤人生初めての挫折〜踊るのイヤイヤ期〜

看護師1年目、社会人1年目、誰もがどの職業も大変な時期。とにかく課題が多く、毎日2・3時間睡眠で休日もずっと図書館。「すいません」が口癖になり、体力的にも疲れるけど気疲れが半端じゃない。「今が頑張る時期!」って藁にもすがる思いで毎日生きた。

その結果・・・・

激太り!!!

MAXでキロ増加!!!!

画像に含まれている可能性があるもの:4人、、スマイル、立ってる(複数の人)

【左から2番目がワシ。ムッチムチ。】

【比較図。中年みたいな体型だねって言われるように】

わたしはストレスで太る。何故ならストレスを全部食欲で発散するクッキーモンスタータイプなのだ。

ダンサー現役時代は 46kg

看護師国家試験のストレスで  49kg   

看護師のストレスで    55kg

そんな身体じゃステージに出せない。痩せろ。

そりゃそうだ。人前に立つお仕事だからあたり前田のクラッカーだ。でも太っていったのは努力しなかったからではなかった。

人は痩せたいと「短時間で」結果を出したがり、「楽に」痩せたいと思う生き物で、わたしもそのうちの一人だった。

・ジムのパーソナルトレーナーに20

・痩身エステに100

・キックボクシングに5

・痩せるサプリや酵素に10

・食事制限(炭水化物食べるのやめた)

ダイエット業界を金で潤す女、爆誕

ステージに立ちたかったから色々やっていたし、お金をかけりゃどうにかなるだろうと思っていた気がする。

今振り返ると努力の仕方を間違っていたんだけど当時は本気で痩せようとしてた。

それなのに太っていくストレス溜まる食べる太っていくの無限ループ。

仕事で日々がストレスなのに、好きな事であるステージに上がる事さえもストレスになってついにダンサーをやめた。

というか生まれて初めて踊るのがイヤになった。ダンスを踊りたいとも思わなくなった。2年くらい遠距離だった。

休職~退職を経て、今はまた徐々に踊りたい欲が復活。正しいダイエットで体型も少しずつ戻っているのでダンサーとして再活動しているところです。

⑥で、結局今は何してるの〜?

・看護師の派遣でバイト

・看護師としてライター

・ダンサー

・北海道ガールズメディア プレス

・ブログ始めた

⑦で、結局これから何がしたいの?

・世の中に普及したおかしな「ダイエット法」を撲滅したい

なんのためにみんなダイエットしてるの?健康になるためじゃないの?ってところ。

メディアに踊らされて流行している短期間コミット系の超スパルタジムや、◯◯だけダイエット(朝バナナやトマトなど)、見せかけの筋肉を作るための筋トレ、痩身エステ、ダイエットサプリ、自ら不健康に向かって行ってる方を減らしたい。

良いですか、短期間で落とした体重は必ず短期間で戻ります!!

・ターゲットを健康意識が高い人に絞ったウェルネス事業

これは自分も身体と心を壊して感じたこと。

日本人は病気になってからお金をかけるけれど、これからは健康にお金をかける時代。 「今は元気だし、病気になってから考えるよ」ではもう遅い。今の日本の三大死因(癌・心疾患・脳血管疾患)って人から移る病気じゃなくて、ほとんどが自分でなる病気なんだよね。って事は予防できるんだよね。

そして健康になるためにはトータルケアが必要。食事だけ、睡眠だけ、運動だけでは健康にはなれない。栄養、排泄、睡眠、メンタル、トータルでケアできて、手元から卒業しても対象者が自分でケアできるようになる仕組みやサロンか何かを作りたい。

フィットネスジムの利用者って大半がシニア層なんだよね(おじいちゃん・おばあちゃん多し)

なんでみんなそんなに頑張るんだろうって考えると、シニア層は体を壊した経験があるから、健康になりたい欲がすごい。今後日本を支えて行くであろう20代後半~40手前は、今は症状がないので不摂生、無理をしている方が多い。忙しいしね。

ってなわけで、自分主体となる出張サービス+リモートで、利用者の足りないところを補いたい。食事、運動、睡眠面のサポート、健康相談、指導とかかな。

・看護業界に革命を

健康を守るべき看護師が、自らの健康を犠牲にして働いているケースが多すぎる。看護学校は増え、看護師の数も増えているのに、減らない現場の離職率。看護師が使い捨てにされている問題。今は「逃げ道」を教える事で、本当にダメになる前にどうにかできたらって思いで活動しているけど、そもそも根本を見直さないと思っている。

・ダンサーとして海外のステージに立つ

これは私の完全なる自己満足だが、ダンスで海外に行くのは昔からの夢。見てくれる人の数が多ければ多いほど興奮する体質なので、海外のステージに立つ絶対。

ってな感じで、ここまで長くなってしいましたがこれで自己紹介は終わりにします。

ここまで読んでくれた人、ありがとうございます、好きです。

11 件のコメント

  • ブログ読ませていただきました!
    勝手ながら感想を述べさせてください。
    ユナさんは頭は悪くないです。考える力、行動する力、変える力を持ってる人だと思います。この世の中いくら頭が良くてもこの力があることはとても素晴らしいことだと思います。
    そして、何より共感できるところがたーくさんありました。
    もし良かったら、コメントで終わらせたくないので自分がこのブログを読ませていただいてどんなことに共感し、思っているかを伝えたいなと思いました。
    ps 最近フェイスブックで友達になっていただいた坪内健太と言います。

    • 堀内さん!コメントありがとうございます。ブログを開いたらコメント1件になっていて、びっくりしました。私は右脳派だけど、深く考えたり分析したりする力が欠如してるな・・・と感じることが多々あるので、素直に嬉しかったです。伝えてくださってありがとうございます。次のブログを書くガソリンにします。

  • すごい。
    とにかくすごい。
    尊敬する。
    私は、今、自分が本当にしたいことは何か
    何になりたいのか、どんな人間になりたいのか…学生の頃明確にあった答えが今更わからなくなってしまって…トンネルのど真ん中にいるの。
    私も生まれた場所、大学時代、青春を過ごした東京。家族がいる北海道。二つを行き来できる仕事ができればと思ってるんだけど漠然としすぎてて…。
    これしか言えないけど…本当に尊敬。

    • コメントみれた!メールしてくれてありがとうね。今が1番辛い時だと思うから、ぜひ会いましょう。久しぶりに会えるのすごく楽しみにしてます。

  • はじめまして!
    少し前からTwitterフォローしてました。
    実は私も看護師をしていたのですが、ハードな環境と上の方々からの圧力にストレスを抱えて私も円脱になりました笑笑
    3年ほど頑張ってお金を貯めて今はオーストラリアにワーホリに来てます。
    ですが12月に帰国し、帰ってから看護師をするかずーっと悩んでます。。
    この仕事は好きなんですがやっぱり自分の体がまた壊れていくのかなとか思うと戻る気にならず…
    もう少し考えようと思ってます^_^

    長々となってしまいましたが、これからもブログの更新待ってます!応援してます(^^)!!

    • Twitterもフォローして下さっているんですね、ありがとうございます!わーーー!みささんも。今になったからネタにできるけど、当時は本当に本当にショックでした。みささんも大変でしたよね(/ _ ; )そしてすごい、オーストラリアにいるんですね。ぜひワーホリの感想聞きたいです。私も今はまだ現場復帰する自信はないので、戻りたいと思った時に戻ろうかなと思ってます。 コメント嬉しかったです、本当にありがとうございます!

  • 【厳しい現実】にコメントしたかったんですが、文字数オーバーだったのでこちらに失礼します!
    私も北海道、函館なのでとても親近感が湧いてしまいましたTwitterアカウント勝手にフォローさせてもらってます、emi です。
    私が採用担当してた時は、クレイジーな子はそく採用でした
    看護師+αのαをどこの位置に持っていくか(趣味なのかビジネス)で変わって来ると思いますし、その『面白い経歴』こそが、これからの時代と看護業界を変えたいという気持ち、そして一緒に働きたいと思える魅力的な上司になるために必要なんだと思います

    美容といえど、現場業務に凝り固まる看護師がほとんどなので受け入れられにくいと思います。私がそうでした。
    (お金を稼ぐことが目的で働いてるので、当たり前なのです。)

    ただ、+αのαでベンチャービジネスをするのであれば美容やAGAクリニックは最適です。
    なぜかというと、美容はクリニックの規模によって、経営まで見せてくれるところもあるからです。(立ち位置にもよりますし、法人の場合は経営母体がしっかりしてるので厳しいですが。)
    フリーランスまできたら、広告や制作など勉強して、今度は経営もしくはコンサルあたり、そしてその流れで人材事業が繋がりでやれると思います。
    発信力が強いユナさんは経営に向いていると私は思います✨

    • emiさん、わざわざブログの方にコメントありがとございます。ハワイの前日に函館の湯の川温泉にリフレッシュしに行っていました。同じ北海道、親近感です☺️私も看護業界を変えるためには、医療の外に飛び出さないとダメだと思いましたが、現実には看護師以外のスキルがないことに気づき、できるのはライターくらいだなと。美容、最適なんですね!良かったです。来年から働く美容クリニックはオープニングスタッフなので、ビジネスマナーはもちろん営業や経営の方まで私自身も学べるように心がけようと思います。なるほど、そうやって繋がって行くものなのですね、勉強になります、そしてemiさんのメッセージですごく励まされました、ありがとうございます(>_<)

  • 今見ました!コメントありがとうございます〜!
    湯の川!ww実家近く〜w

    オープニングなんですね〜!
    美容クリニックはオーナーチェンジが激しいので、大手の分院であれば経営がしっかりしてますし、中の役割分担もカウンセラー・看護師共にしっかり別れてます。
    個人病院、オーナーが一般人のあれば美容も医療もわからないので、クリニック経験者が経営を助言したり任されることもあります。事務長がいたり、そこにコンサル会社が入ってるとまた話は別なのですが。
    こじんまりした個人クリニックの方が全体がわかりやすいと思います。

    美容医療は隙間産業が結構あって!web ・広告周りも強くしていれば現場仕事だけでなく、違った目線で美容クリニックを見れると思います✨

    ダンサーかっこいいですねぇ❤️素敵です!!
    勝手にインスタフォローさせてもらいました(^○^)

  • かなり苦労されたのですね。
    僕も看護の世界を変えたいと思っています!
    まずは教育面を変えてしまいたいです。
    我慢が美徳と言う縦社会を強要する時代を終わらせて、個々が看護の力を伸ばす環境を
    まずは自分の病院から作り上げようと
    日々、上司と戦ったいます。笑笑

    お互い頑張りましょう(^^)
    仕事の質よりも、人生の質で勝ちましょ!

    毎日、ツイッターの更新
    楽しみにしてます!

    • ましゅたろうさん、メッセージありがとうございます。私は病院にいたら変わられないと悟ったので、病院で戦うあなたを尊敬します。人生の質、いい言葉ですね!一緒に頑張りましょうo(`ω´ )o

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